おーじの覚書

忘れちまった事、忘れらんねぇ事

神無月の話

気付けば10月。

生まれてこの方、関東平野に肩までどっぷり浸かっていた私が、関西の山あいにやって来て丁度半年がたった。

仕事はそれなり。

趣味もそれなり。だが、それについては人と人の繋がり方とは斯くも面白いな、と膝を打っている。

自分の趣味はゲームにしても、音楽にしても、人付き合いがしやすいなぁと感謝することがままあるのだ。

理由はいくつかあるだろうが、一番は同好の士が集まる場所、人と人が親しくなるまでのインフラ整備が行き届いていることか。
特に昨今の現状を鑑みてゲームセンターはそれが顕著だ。対面に座って対戦した時点で、一言も言葉を交わしていなくても「ネット対戦が気軽にできて、寝間着で寝起きのアホ面でも世界中の誰かと対戦できるこの時代に、自ら街のゲームセンターに足を運んで100円を入れて、向かい合った相手と対戦したい…熱い男じゃねぇかよ…気に入ったぜオメェ…」
までは意思の疎通が完了している。

いや言いすぎか。私はゲーセンが大好きなのだ。

しかし、仲良くなるまでにきちんと手すりがついているのは本当で、バンドをしていても格ゲーをやっていてもそうなのだが、一言目を交わす以前に相手のパフォーマンスや趣向を先に見る機会が比較的多い。こういうプレイをしていて、あそこの場面での展開はああだったなぁだとか、前情報でスタート地点の話題を提供してくれている。

ライブなら演者の足元を見ただけで飲み会での話題は膨らむし、むしろ格ゲーなんてボタンを押すか押さないかだけでも先に相当量の会話を画面内でしているのだから最早初対面の定義が壊れる。人付き合いが苦手でもがっちりサポートしてくれる安心コースだ。

お見合いの決まり文句で「ご趣味は何を?」というのがあるが、この過程を見事に吹っ飛ばしている。ご趣味は今お前とプレイしたゲームだ。

「ご趣味は何を…?」ではなく「直ガ空投げマジで上手いっすね…」と入ることができる。情報量の差が半端ではないし、それこそ前者は会話において「牽制」なのに対して、後者は明らかに目の前まで走ってきて投げている。その後の会話も「投げ間合い」で弾むこと請け合いだろう。
対戦してからお見合いの席を設けるスタイルの格ゲーマーお見合いをビジネスとしてやっていきたい人がいたら、私も一枚噛ませてほしいのでご一報ください。


そんなこんなで、自分も関西に越してきて程なくして、格ゲーとゲーセンのおかげで有難くも楽しく人と繋がれている。感謝しかない。


気付けば、10月。
全国津々浦々の八百万の神々も1年ぶりに出雲大社に集う。
八百万もいるのだから、きっと彼らも未だに初対面の神がいるはずだ。

その時は彼らも「最近なかなか地元の信仰がねぇ…」
と、神様同士前提トークによって、その輪を広げていくのかもしれない。