素人童貞という言葉の持つ強靭さについて
私は常日頃から素人童貞という日本語を大変恐ろしいものと感じている。
この世の不条理を詰め込んでいる負の言葉ではないかと慄いている。
きっかけはある日、当時付き合っていた彼女が電話口で死ぬほど笑いながら言っていた話だ。
「何でわざわざ金払ってまでやったのに童貞の称号は捨てられないんだよ。理不尽すぎるだろ」
ゲラゲラ笑いながら言っていた。というかヒィヒィ言っていた。本当に死ぬぞ。
よくもここまで自分の言ったことで笑えるなと思ったが、それは確かにと得心した。
つまり、世間は「風俗店で対価を支払って性行為をしたからといって童貞の名を捨てられると思うなよ」とそう言っているわけである。
「レッテルとしての童貞」を脱することへのハードルが極めて高めに設定されている。
ただの童貞が風俗に行った場合、いたって事務的な処理によって素人童貞へとジョブチェンジするだけなのだ。
むしろ言葉の響きとしては悪化の一途であり、まだピュアな印象を残す童貞に対して素人童貞は金に飽かしてしまった風があってよろしくない。
素人童貞という言葉が存在する限り、完全にその名を捨てる場合には「性を生業としていない女性とのSEXの経験」が必要となってしまう。
呪われた指輪を火口に捨てに行く覚悟で童貞を捨てに行かなければならないだろう。
例えばの話をしよう。
遥か銀河系の果てにある惑星オ・セックスでは今、マッドサイエンティスト達によって恐ろしい計画が進められていた。
彼らは人類との異種間交配を行うことで種の繁栄や進化系図の多様化を目論んでおり、その研究の末ついに人類との体の相性抜群であらゆる性技に通じた最高のセックス・モンスター(※ありえないぐらいエロい)を生み出すことに成功した。
セックスをする為のみに特化された生物兵器、まさに性の権化である。
そいつらが一斉に地球へと飛び立つわけだ。
幾千光年の長い旅路を越え、ついにその群体が日本に飛来し、童貞を食い荒らす。
研究に裏打ちされた無駄のないかつ豪胆な性の技に骨抜きにされる童貞達。
瞬く間に日本中の童貞はセックス・モンスター(※巨乳)の支配下におかれることになる。
しかし、しかしである。驚くべきことに。
こうして性の怪物によって純潔を散らされてもなお、なんと童貞は素人童貞になっただけなのである。当然だ。
セックス・モンスター(※B92W60H89)は紛うことなき性のプロなのだから。言ってしまえば魔改造された高級ソープ嬢みたいなものだ。
そこには素人のたどたどしさや初々しさは微塵もない。
ただ男を果てさせる能力の具現化だけがそびえ立つ。
故に、たとえ性行為の為にチューンナップされた地球外生命体が飛来したとしても、
たとえそれらが絨毯爆撃の如く異種間交配を行い、童貞達がその餌食となったとしても、
素人童貞は決して卒業することはできないのだ。
この襲撃で童貞は素人童貞と合いなるが、素人童貞は素人童貞のままだ。
襲われた心の傷だけを背負って明日を生きなければならない。
いかにこの呪いのごとき四文字が屈強かがわかっていただけただろうか。
素人童貞は日本語レッテル界の鉄の門である。
生半可なレッテルとは強度が違う。
さあここまで来てしまったのならば、諦めて欲しい。
この門を叩き破る方法はもはや、古今東西一つしかないのだ。自明の理だ。
真っ当な出会いをして、素人のパートナーを見つける。これしかない。
唯一無二で絶対、彼の邪知暴虐の素人童貞を刺し貫く、僕らのグングニル。
今すぐ恋人を作れ!
なんとロマンティックで心滾る展開だろうか。
銀河の果て、アカシックレコードの粋を極めて造られた宇宙最強の性の魔物ですら打ち砕けなかった鉄の門を、
君の隣で笑う優しくて頑張り屋で、ちょっぴりおっちょこちょいなどこにでもいそうな女の子がいとも容易く貫いていくのだ。
愛の力は偉大だ。
オ・セックス星の天才達が一つだけ過ちを犯したとするならば、それは愛を込めなかったことだろう。ただの生殖行為に温もりを与える最後のピースを見落としていたのだ。
性の技のみをたらふく詰め込まれた小手先の生物など所詮、童貞を素人童貞に変えるくらいが関の山だということだ。可愛いあの子の笑顔にはてんで敵わない。
ちなみにここで「いや別に恋人じゃなくても素人と致す方法は他にも...」と考えた人は荒んでしまっているので心が素人童貞です。
最後に。
めでたく恋人ができ、素人童貞を卒業した者が次に何と呼ばれるのか。
実はここに日本語の本当の恐ろしさが垣間見える。
非童貞である。
童貞に非ず。Not 童貞である。
否定形になるだけで童貞という二文字は残るのだ。これは素直に怖い。
例えば散々槍玉に上げてきた「素人」というワードは進化先が「玄人」だ。
完全に別の漢字が割り当てられ、「プロ感」が増しているし、言葉から受ける印象はヒンバスとミロカロスぐらい差がある。
なのに「童貞」は進化先が「非童貞」なのである。悲しいかな屈強な二文字が消えてくれない。
これは日本人の潜在意識の話にシフトしてきそうである。
童貞であることが自然、それを卒業したものこそが特異かのように「非」の一字にて潰しにかかるのだ。
少子化問題の根元すらチラついて見える。
つまりだ。有史以来、この遥かなる時流の中で「童貞」=「SEXの経験のない男性」という日本語を産みだしておきながら、そもそも「SEXの経験のある男性」という意味の日本語の固有名詞は産みださなかったということなのだ。
童貞と対になる名詞が存在しない以上、今現在、童貞を否定形にする以外でそれを表現することはできない。
性に対しての、そして日本語に対しての明らかな怠慢である。
故に、この「SEXの経験ある男性」という意味の名詞を産み出すことこそがこれから21世紀、22世紀と続いていく人類史の一つの宿題であると皆さんに問いかけて、今日の暇つぶしをここに終えたい。
140字以内のレポートにまとめて、月曜日の昼までに私に提出すること。