読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おーじの覚書

日々考えては霧散していくような何でもないことを覚え書き程度に。へヴィメタルと格ゲーを愛する社会人一年目

駅のトイレの話

日々の話

駅での話である。

 気にしている方がどれ程いるのかは定かではないが、今の時代、大きな駅のトイレにはだいたいその場所を知らせる音声アナウンスが配備されている。

これはもちろん、目の不自由な人に向けられたものだ。

それ以外の人が聞いてもほぼ意味はないと言っていい。

 

だが、このブログは時としてほぼ意味のないものに無理やり意味を押し付ける暴力的な一面があるのだ。

 

 

 東京~新大阪まで2時間半。長くて短い旅路を終えた私は、新幹線を降り、改札を目指しぼーっと歩いていた。

早く帰りたい、それ以外の行動理念の全てを剥奪された、帰宅に狂う獣である。

 その時だ。

 

「ここにトイレがあります」

 

優しくも無機質な声が、空っぽとなっていた獣のアタマのど真ん中へ、空虚かつ凄絶に響いた。

ただの肉喰らう獣だったものが突如として「思考する」という概念を神から押し付けられた。

「考えることを止めるな」そんな力強さを感じた。

 

「ここにトイレがあります」

 

提示された格好だ。

「しまった」と思った。

完全に後手に回らされた。

 

「ここにトイレがあります」

「そう。あるのだ。トイレが、ここに」

 「ならば、そなたはどうする?」

 

そう言われている気がした。

脳が焼き切れそうだった。

思考が追い付かない。

 

実際には「ここにトイレがあります」としか言われていない。

だからこその恐怖だ。さながらの圧政だ。

 

トイレがあるということだけは、矮小たる貴様に教えてやる。

そこからどうするかは貴様の自由だ、もの言わぬ獣よ。

 

身体の震えが止まらない。あるいはこれは武者震いだろうか。

口の中は砂漠、指先は命令中枢から切り離され、既に感覚を失い始めていた。

 

まぎれもなく、トイレはある。それはもう揺るぎない事実で動かすことはできない。そこまではなんとか飲み込んだ。

しかしだ。私は気づいてしまった。

男子トイレと女子トイレがしっかり1つずつ、青と赤が不気味なほど均等に並んでいるではないか。

トイレ1つすら満足に背負えないこの獣の身に、よもや男女2つのトイレとは。

しかもだ。よく見ると、2つのトイレは見た目こそ均等だが、圧倒的に女子トイレの列の方が長いのだ。

あたかも均等であるように見せ、その実、この世の不条理、不平等の図式すら提示して見せる手数の多さに私は瞳をそっと閉じ、そして静かに膝を屈した…

 

 

 しかし、この問いの懐の深さは絶望だけを提示するものでもない。

 

「ここにトイレがあります」

「残念だけど私にできるのは…ここまで」

「ここからは貴方自身でそれ以外を作っていくのですよ。最後まで私は見守っています」

 

女神からの天啓である。

これは希望の物語だ。失う為の旅ではない。

手に入れる為の、取り戻すための物語だ。

 

今は先の見えない旅路も、全てはここから始めればいい。

なにせ、何はなくともトイレはあるのだから。

恐れることは何もないのだ。

 

鋼の錬金術師最終話。

弟を取り戻し、そして錬金術を失ったその旅路の果てに、屋根の上から満足感いっぱいに村を見渡していたエドワードの気持ちがほんの少しだけ理解できた気がした。

 

「ここにトイレがあります」

次は貴方の番かもしれない。