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おーじの覚書

日々考えては霧散していくような何でもないことを覚え書き程度に。へヴィメタルと格ゲーを愛する社会人一年目

オタクの話

先日、出張でとある大学へと行ってきた。

ついこの間まで自らも大学生だったわけだが、ジャージにネックウォーマーを巻いてクロックスでキャンパス内を闊歩する学生を見たら妙に懐かしい気持ちにさせられた。

大学はとにかく自由だ。社会人の自由度がFF13くらいだとすると大学生の自由度はきっとスカイリムくらいはあるだろう。

まだ就職して半年だが会社と社会に縛られることが軒並みに増えてしまった。

この会社で定年まで勤め上げるビジョンはなかなか見えないが、今は日々の生活をこなすことで精一杯だ。

当面は別段のトラブルを起こさずに、地に足を付けて静かに暮らすことなどを考えている。

 

しかし、こうした日常を願う中でふとした瞬間、私はいまだに心の片隅で懐かしい影を探している。

彼女は教室の一番後ろ、窓際のあの席で仏頂面で外を眺めている。

そうかと思えば、興味を引くもの見つけた時の笑顔は太陽の如し。まさに彼女のその名の示す通りのものである。

世界を、大いに盛り上げるための、涼宮ハルヒの団、SOS団 団長 涼宮ハルヒ

 

私は、未だに彼女の影を追っている。

 

2016年は、ハルヒのアニメ放送開始からちょうど10周年だった。

 

この10年間で深夜アニメ市場は06年当時からは考えられないほど巨大化し、1クールで放送されるアニメの数も膨大なものとなった。

 

誤解を恐れずに言う。

きっとこの10年で涼宮ハルヒシリーズより面白い作品は山のように世に出ただろう。

きっとこの10年で涼宮ハルヒシリーズより後に始まり、先に終わった優れた作品は数知れないだろう。

 

しかし、それでも、なのだ。

 

それでもなお、なぜ”涼宮ハルヒ”が特別であるのか

 

ハルヒは06年のあの年、00年代の折り返しにおいて、時代に「杭」を打ち込んだ。

深夜アニメ躍進の杭を時代に突き刺した。

京都アニメーションの作画クオリティは当時のアニメ作画のスタンダードを置き去りにし、その基準を引き上げた。

とにかく綺麗でとにかく動く。

「杭を打った」と言ったのは時代をハルヒ以前とハルヒ以降とに分断したという意味だが、これは「種をまいた」と言い換えてもいい。

ハルヒはまだ荒地で数本の草木が散見されるに留まっていた深夜アニメという土地に種をまき、深夜アニメ勃興の土壌を敷いた。

 

と、異論はあるかもしれないが、これはハルヒが当時の他の作品より抜きんでて話題になっていたわりと客観的な話だ。

 

自分が真にハルヒを特別に思っているのはこんなことが理由ではない。

もっと単純で、どうしようもない大きな理由。

自分は中高生という時代を、彼女らの時間と重なって過ごしてしまった。これに尽きるのだ。

学校があって、教室があって、そこで過ごして、夏休みがあって、講堂があって、文化祭があって、

今よりもずっと、ダイレクトに作品の空気感を味わうことができていた

様々な「学生生活」のパーツが画面の向こうと重なっていた。

むせ返るような、青の匂いがした。

 

違ったのは一つだけだ。

ハルヒだけが、隣にいなかった。

自分にとって、涼宮ハルヒという名前をして、黄色いリボンと赤い腕章を付けたあの少女はノスタルジックと非日常を同時に想起させてくれる一つのシンボルになってしまった。

作中同様に私の世界を変えて欲しかった。

 

だから、今でも「俺」は待っている。

昼下がりの会社。

眠気覚ましの為だけに、別段好きでもないブラックコーヒーを雑に胃袋に流し込んで、excelのデータを眺めていても、今日は何時に帰れるかの算段ばかりしてしまう。

そんな自分の呆けた首根っこを摑まえて

「良いことを思いついたわ!アンタも手伝いなさいよね!」

と、突拍子もなく非日常へと連れ出してくれる、そんな存在の登場を。

 

とある映画の台詞で「14歳の時に聴いた音楽が人生で一番印象に残る」という話があった。

これについて自分も思い当たる節が大いにあるが、きっとこれは音楽だけの話ではない。

十代の時に見聞きしたあらゆるものはその人の人生の下地になる、大切なものだ。

 

自分にとっては偶然そこにいたのがハルヒだった、というだけの話だ。

人それぞれ、人生の数だけ、その人の「涼宮ハルヒ」がいるはずである。

それをどうか、いつまでも大切にして欲しい。

 

俺はスクールランブルの八雲。