おーじの覚書

忘れちまった事、忘れらんねぇ事

中世古香織の辿り着いた「特別」

※本記事は響け!ユーフォニアムシリーズ 「北宇治高校吹奏楽部のホントの話」および「決意の最終楽章」のネタバレを多分に含みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あすかだけじゃなくてね、全ての人間が特別なんだろうなって思うの。黄前さんにとっての麗奈ちゃんも、麗奈ちゃんにとっての黄前さんも。"誰かは誰かにとって特別なんだ"よ。だからやっぱり、あすかは私にとって特別。あすかにとって、私がそうでなくてもね」 

 

それは、これまで『響け!ユーフォニアム』が田中あすかを指して呼んでいた"特別"が意味するところとは一線を画す、あらゆる夾雑物を濾過仕切った末に残った中世古香織という一人の女が辿り着いた答えだった。 

 

 

 

「じゃ、香織はさ、うちが『特別な人間』じゃなかったら、好きじゃなくなるん?」 

夕暮れ。家路を辿る、16歳の秋。

修辞学的、と呼んでも差し支えなさそうな田中あすかの問いかけに、中世古香織は窮していた。今、この瞬間でさえこんなにも熱く脈打っているはずのあすかへの想いが、どうしても音にならない。

あすかの言う「特別じゃなくなる」とは?そも、私たちが普段何気なく田中あすかをして呼んでいる『特別』とは何だ?彼女は今、私にどんな答えを求めている?

幾つもの疑問を一瞬のうちに叩きつけられ、そのいずれをも噛み砕けなかった香織には、即座に否定することすら、安易に「そんなことないよ」と言ってしまうことすらも、酷く空を切る心地がした。

今、此処に持ち合わせる言葉はすべて伽藍堂で、どれを選んでも自分の真意は伝わらず、あすかの問いを満たせないのではないか。

そんな悪寒で震えた喉と唇では「あすか、私ね、」から先を紡ぐことは叶わず、何も答えられなかった。

 答えられるはずが、なかった。

「特別ではない田中あすかなど、香織の持ち得る語彙、香織の見ている世界の可能性の中には元より、跡形もなく、塵芥ほどの存在もしないのだから。

「存在しないものを否定する」ことなど誰にもできない。これは彼女にとっては悪魔の証明にも等しい、全くもって埒外の問いかけだったのだ。

あすかの言った特別と香織があすかへ抱く特別。

同じ地平で語ることのできない二つの特別。

互いに自覚できない軋轢の末、朱に照らされながら今にも堰を切りそうに潤んだ最愛の双眸は、香織の奥にそっと影を落とし、じんわりと滲み続けるのだった。

 

時は流れ、彼女らにとって高校生活最後の年、古豪・北宇治吹奏楽部の運命はたった1人の男の到来により流転し、全国大会への切符をその手に掴む。そのさなか、奇しくも田中あすかは特別な人間ではなかった」とストーリー上の大きなターニングポイントとして声高に宣言されるのだった。(短編集の方が刊行は後だが、ここでは物語上の時系列に沿って話している。) 
私達はただの人間同士だったのだと、ただの人間同士だからこそ、支え合い、改めて同じ場所を目指そうと、北宇治の物語は転がり始める。 
そこに至って漸く、田中あすかに対して他者が抱く特別(あの日の問いと文脈を共有する特別)』『己が抱く特別』の間に生じる乖離を確かめて、香織はこの気持ちが掛け替えのない自分だけのモノなのだと知る。 

翼をもがれ、神の座から地に降りて来たあすかを見て、香織は一体どう感じたか? 

そう、物語の進行に真正面から抗うように、彼女にとって「あすかはやっぱり特別」だったのだ。 
何者でもなくなったあすかを見ても、何も変わることなく中世古香織にとって田中あすかは特別」のままだった。 

当然だ。 

中世古香織がずっと見つめ続けてきた「特別」とは何だったのか?

それは「決して弱みを見せず、統率も演奏も完璧にこなす公としての副部長、田中あすかではない。 
かつて小笠原晴香が部員を前にして言った「あすかは、特別なんかやなかった」の「特別」とも、いつか高坂麗奈がなりたいと語った「特別」ともレイヤーを違える、もっと抜き身の、熱く打たれた心鉄に徒手を伸ばすかのような、生々しくエゴイスティックなモノだ。 

「あすかという存在そのものが特別なのだから、香織にとってあすかが特別でなくなるなんてことはありえない」 
あの日、音にできず香織の中でのみ響いた言葉は、終ぞ間違ってなどいなかった。

きっと、中世古香織中世古香織ではない全く別の人間に生まれ変わりでもしない限り、この前提が崩れ去ることはないのだろう。 

 

そして、いよいよ最終楽章も後編にさしかかる頃。あすかと暮らしを共にするマンションに訪ねて来た悩める現部長に対して自分自身の気持ちをもう一度確かめるように、向き合うように、彼女は冒頭の言葉を送る。 

「晴香はね、あすかは特別じゃないって言ってたけど、私、やっぱりあすかは特別なんだと思う」

「あすかだけじゃない 全ての人間が特別」 
「誰かにとって誰かは特別」 
「だからやっぱり私にとって あすかは特別。あすかにとって私がそうでなくてもね」 

響け!ユーフォニアム」は度々、持つものと持たざるもの、特別な人間とそうでない人間のコントラストを描いた物語だと語られる。 
特別でなくても良かった黄前久美子が特別になりたい高坂麗奈の内に触れて、徐々に熱を帯びていく。上手くなりたい(特別になりたい)と月に手を伸ばすようになる。 
太く通された柱を同心円状の中心として、劇中ではこれまで幾つもの対比が描かれて来た。 
しかし、ある意味でその暴威の先端に立たされつつも、久美子らより一足先に物語から"卒業"していた香織は今、想うのだ。

「全ての人間が誰かにとって特別」なのだと。 

これは、北宇治高校吹奏楽部が、あるいは響け!ユーフォニアムそのものが頁を重ねるたびに積み上げてきた『特別/特別でない』の意味を一度解体し、あの日、麗奈の涙を見た久美子の物語」に回帰した上で、その場所から「3年の時を共に過ごした今の久美子と麗奈の物語」までを地続きとして繋ぐ願いでもある。
香織の文脈における『特別』とは、至極普遍的かつ関係性の最小単位である「きみとぼく」の物語だ。 
類稀れなる楽器の才能に恵まれただとか、そこから生じる演奏技術の優劣だとか、集団を惹きつける圧倒的なカリスマ性があるだとか、そういった第三者視点で上澄みを掬い上げるような評価なんて関係ない。 
世界中の誰にとってもあり得ながら、世界中で今ここにしかない、誰かを「自分にとって特別」だと思う気持ち。
そこには他者との対比も、借り物の価値観も、冗長な脚色も介在しない。

「麗奈ちゃんは、黄前さんにとって特別?」 
そう問いかける香織は今、主観(お前)の話をしている。

かつてあすかに問いかけられた「特別」と文脈を違えながら、自身が渡し損ねた答えに連なる「他でもないお前にとってはどうなんだ?」という、部長でも、ドラムメジャーでもない、因数分解の果てに残る「裸の黄前久美子にとっての裸の高坂麗奈の話をしている。 

外界も外野も有り得ない。2人を結ぶ、2人が3年かけて紡いで来た、2人だけの物語。

でありながら、私にとってもあなたにとっても、誰にとってもあり得る普遍の物語。

それは例えば、鎧塚みぞれにとっての傘木希美であり、吉川優子にとっての中川夏紀であり、そして何より、中世古香織にとっての田中あすかであり、

そう。きっと『誰かにとって誰かは特別』なのだ。

 

 

 

「わたしさ、あすかのこと好き」

「わたし、あすかとずっと一緒にいたい。あすかの一番になりたいです」 

 

ひどく焦がれるような、あの日の想い。ずっとずっと変わることのないそれは文字となって綴られ、香織からあすかへと手渡される。 
誰かから誰かへ送られる世界で最もありふれた、世界で2つとして同じカタチのない「特別」の名前。

中世古香織の過去、現在、未来の全てを繋ぐ想いと願いの結晶が、手紙の上で煌めいていた。

 

 

 

黄前久美子が、そして北宇治高校吹奏楽部が、春の息吹に乗せてそれぞれの「終着と未来」へ足を踏み出した決意の最終楽章。 
そのステージ上で中世古香織が奏で上げたソロパートは、「響け!ユーフォニアム」を一つの線で結び綴じるに足る、彼女だからこそ成し得た「特別とは何か?」の言語化として文句なしに金色の輝きを放っていた。

それを堂々と示すように、最終楽章本編 最後の頁は「久美子にとって、高坂麗奈は特別だ。」の一文で、──中世古香織が辿り着いた「特別」の文脈の上で──締めくくられる。

 

私はそのことが本当に嬉しくて、たまらなくて、観客席から彼女に向けて惜しみない拍手を送っている。 

香織先輩、素晴らしい演奏を、ありがとう。

そして、どうか末永く、お幸せに。

 

素敵な貴女は、今年も歳を重ねてくれている

また、事を成していないまま『今年』が逝こうとしている。

真っ黒い昼に塗り潰された生活の端に残る一握ほどの白い夜に、両手いっぱいの快楽を詰め込もうとしても足りず、溢れて落ちて、また黒へと戻っていく。

そんな暮らしを言い訳に、このブログの更新が滞っているのも喉につかえた小骨のように毎日少しずつ、私の柔い部分を刺していた。生産しないことへのコンプレックスは日に日に肥大化していく。

時間と、やる気と、もっと即物的な体力と。

足りないものは、今もずっと足りていない。

それでも、書かなければそれこそ何もなくなるので更新しなければならない。

いや、決して義務ではない。

他でもない『俺』がしたいからする...させてくれ...

ただし、ネタはないので自分の最近のツイートを拾って展開していくよ。哀しいね。

 

 

この1年間、Vtuberを追いかけすぎて人間の年齢が規則正しく加算されていくというシステムをすっかり忘れていたのだが、ツイッター喜多村英梨(31)という屈強な文字列を目にして全てを思い出した。いや、キタエリに30代って存在したのか。

というか30どころかもう31って...いつアイスクリームの話にすり替わった...?

希釈されていないドロドロとした現実の原液、現液をぶっかけられてしまい、思考が鈍化する。

私のベスト・キタエリ・キャラクターは今でもとらドラ!の亜美ちゃんのままで、ベスト・キタエリ・ソングである瀬戸の花嫁 不知火明乃のキャラクターソング「らせん」は今でも聴くし、なんなら弾いている。

私は、20代前半の喜多村英梨を胸に抱いたまま、2018年まで寝ぼけていたのか。

2007年に20歳を迎えた人間は、放っておけば今年31歳を迎える。当然だ。

もちろん、現実には放っておかれることなどなく彼女が鮮烈に業界で生き抜いて来たことは重々承知している。掛け値なしに"世代"を支えた輝く星々の一つだ。

あくまで私が観測できていなかった、呆けていただけに過ぎない。

い、いやだってVtuberは誕生日配信してお祝いされても大概歳重ねないから忘れてたんだもん...人間、まだそこ...?びっくりした...

 

しかし、そんな驚きと同じくらい「良かった、そうだよな」と安堵する自分もいた。

四捨五入すれば30、いわゆるアラサーの域に達すると世界中にはこんなにも歳下がいるのかと、若者の活躍が目につくようになる。特に今は片手で数タップもすれば世界に繋がれる時代だ。

滝のように更新されるタイムラインの中で才能を目の当たりにし「は?若.. マジ?」

となることのなんと多いことか。

ガキの頃からなんとなく思っていた「すごい人は、皆歳上だ」という感覚をインターネットにことごとく否定されていく。もう、今は「俺が歳上の番」

このまま「俺だけ」が歳食って、「俺だけ」が老いて、場所を譲っていく。

最近はそんなことを考えてツイッターを閉じる夜もあった。

でも、それでも。そんな世界で今、喜多村英梨は31歳なのだ。31歳になってくれていたのだ。

もっと言えば井口裕香だって(30)だし、佐藤利奈(37)だし、能登麻美子(38)だ。

特定女性声優のフルネームを並べたて、あまつさえその後ろにカッコで閉じられた数字を付けて語ることの怖さを今リアルタイムに味わっており漏らしそうだが、あと少しだけ頑張って書いていく。

そう、私は自分の後ろから迫る光にばかりチラチラと気を取られ、ずっと見てきたはずの前方の輝きを見失っていたのだ。

あの頃、17歳の少年の前を歩いてくれていた声優さん達は、どれだけ時を経ても、私が界隈に疎くなって久しい今でさえ、変わらずに先を歩き続けてくれている。

私が一つ重ねれば、貴女も一つ重ねて。

決して追いつくことも、追い越すこともない鬼ごっこ。良かった、そうだよな。お姉ちゃんだもんね...

大好きな人達が先を歩いて、笑っていてくれているという感覚。

私も貴女と同い年になるその日まで、なんとか笑っていたい。やっていきたい。そう思えた。

できることならずっとずっと、この手を引いて導いてほしい。人生の姉として...

 

 

 

 

酒を飲めばたまにこんなツイートをしている。

しかし、井口裕香(21)は既に井口裕香(30)だし、佐藤利奈(28)は佐藤利奈(37)であり、

おーじ(17)はおーじ(26)なのだ。

あの頃には戻れない。もうちゃんと9年分、誰にとっても平等に時は流れた。

でも、なんてことはないんだよ。変わったことと言えば、私がワインを開けられるようになったことくらいだ。

人生の先をゆく、今年も一つ歳を重ねてくれる素敵な貴女に、乾杯。

俺は、儚げな少女に消えられたい~完結編~

あれほど恋焦がれた平成最後の8月も、未だ照りつけるその残り火を最期に、ゆるやかに幕を閉じようとしている。

今年は旅行にも2回ほど行けた。三重と大阪だ。

例年から比べると大きな進歩であり、社会人3年目にして夏季休暇の使い方も多少小慣れてきたのかもしれない。

個人的にこの夏で一番おかしかった出来事は、伊勢神宮にお参りに行った際に、私がしきりに「あのパオ~~~~プアァ~~~~みたいな笛?はいつ聴こえてくるの?」と周囲に訪ねていたことだ。

当然みんな「?????」みたいな顔をしていたわけだが、私は追い打ち(己のアホさに)をかけるように

「知らんか?あのBASARAの毛利のステージで鳴ってたやつ。」

などとのたまってしまった。これがワードウルフなら一発で吊られていただろう。

最も良くなかったのは、そこまで言っても誰もこの違和感の正体にハッキリとツッコんではくれなかったことだ。お前ら、もっと勉強してくれよな。

 そのせいで、私はお伊勢参りを完遂するまで一人でずっと「パオ~~~は?」「あの海の…赤い鳥居はどこ?」「プァ~~~~」などと期待し、その全てが登場せず勝手に肩透かしを食らった気になっていた。不敬なお参りにも程がある。

 それでも旅行自体は楽しかったので、特に気にもせず満足感と赤福をちゃっかり携えて帰路についた。

新幹線で一人になり、つかの間の寂しさに浸りつつ旅の思い出を振り返っている途中、ふと思い至って全てが繋がり、思わず零れた。

 「いやそれ厳島神社だわ(パォ~~~~)(※正解の音)」

 

全くの余談だが、伊勢神宮でお参りした帰りに、「人差し指と中指でぎこちなく手を繋ぎ、触れては離れる薬指」といったテイストの女の子二人とすれ違った。無神論者を卒業した。

伊勢神宮、確実に力ありますね。(私は厳島神社にお参りした気分でいたので厳島神社の力も幾ばくか含まれている。)

 

 

閑話休題

ひと夏を越え、日常風景で変わったことが少しだけあった。

会社帰りのあのサークルKがいつのまにか、やっぱりファミマになっていた。

円卓赤橙の戦士は斃れ、家族(ファミリー)になったのだ。

今は気兼ねなくファミチキを頼んでいる。長いものに巻かれよ。うまいし。

 つまりだ。

特にこれといって何も変わっていないのである。

ファミチキ先輩の介入程度では、私の人生の起伏までは変えられないらしい。

すると、例によって今年も望んでしまう。

「儚げな美少女に、ある日突然消えられたい」

これである。

しかし、今年の私は例年とは一味違う。

より鋭い視点、切り口からこの願望を見つめているのだ。

「儚げな美少女に、突然消えられたい」という性癖をこじらせてはや幾星霜。

遂に、この性癖の致命的な欠陥を抽出することに成功した。

それこそが

「消えてもらうためには、まず現れてもらう必要がある」

という問題である。

人間も、生まれなければ、死ぬことはできない。

儚げな少女も同じだ。浮世離れした雪の肌に薄い唇を添えて、この世に存在していただかなければ、消えてもらうことは叶わない。

「消えられてぇ…消えられて吐くほど泣きてぇ…」という醜い願望が先走りすぎて、最初のステップを飛ばしてしまっていたのだ。

しかし、どう頭を捻っても、理想の儚げな美少女を目の前に現界させる術は思いつかない。

問題抽出を終え、視界を覆っていた霧が晴れてようやく、この性癖の難しさのディテールを把握してしまった。

無理じゃん。いないもん、儚げな美少女。いすぎるもん、存在感のあるブス

 

「詰み」の二文字がこの身に重くのしかかる。

だが。いや、やはり、というべきか。夏の魔物は思考を狂わせ、増長させる。

脳内の情報処理に負荷をかけ、オーバードライブ。正答(こたえ)を掴んだ。

今まで少女を現界させるというファーストステップを飛ばして「消えられたい」というセカンドステップ的欲望を抱いていたのだから、今度は私自身がステップを飛ばして「そこ」に上がればよいのだ。並び立ち、追い抜けばよいのだ。

「悪ぃけど俺…””次””のステージに上がらせてもらうよ」

 

 

 

 

 

彼女が消えて、数日がたった。

いや、それは本当に彼女だったのか?

それどころか人であったのかすら、自信がなくなっていた。

ひと夏の間、涼しげで、儚げで、それでいて暖かい何かが傍らにいたような気がする。

気がする、だけ。記憶に靄がかかっている。まるで他人事のような、物語を読み聞かされていたような、そんな感覚。

 今でも。

油断すると、コンビニで2人分のおにぎりを買ってしまう。

洗面台の歯ブラシは、知らないうちに2本目が卸されていた。

帰宅して家の玄関を開けた時、並んだ靴の数がやけに寂しく感じる。

生活の中の意識の外で、形のない面影が顔を出す。

「頭おかしいよな、こんなの」

苦笑しつつも、別段怖いという感情はなかった。

無意識下に残る、顔も声も思い出せない誰かの名残は、心地よくて、とても柔らかで。

1日、1日、確実にそれにまつわる記憶は薄れていく。

きっとこのままいけば、秋の足音を待たずに全て消えてなくなるだろう。

夏の恋。その何もかもを洗い流す夕立は、もう既に、ぽつりぽつりと降り始めている。

 

 

 

 

これが、私の辿り着いた答え。儚げな少女を追い越し、次のステージへと至った男の姿。

「俺自身が、儚げな少女に消えられた後の世界で暮らす記憶を失った男になればいい」

 

少女の出現、それすなわち起承転結のスタートである"起こり"。

そこから先に進めずに足踏みしていたのが間違いだったのだ。

時を跳躍。筆は走り、物語の針が動き出す。私は自らの視点を変えることで、力尽くで"結び"へと至った。

完全なる上位存在。無欠の論理の上に仁王立ち。2018年の武蔵坊弁慶は俺でキマリ。

8月30日現在、私に儚げな少女とのひと夏の記憶はまるでない。

仕方がない。全て消えてしまったのだから。ここはもう、終わってしまった世界なのだ。

夏の思い出まるごと全部、彼女が一緒に連れて行ってしまったから。

私にも、他の誰の記憶にも、その少女がいた風景は残っていない。

無の証明は、できない故に。

10秒前、悪魔が世界を創ったことを否定できない故に。

誰の記憶にも残らずに消えた儚げな少女がいたことを、誰も否定することはできないのだ。

「儚げな美少女に、消えられたい」願望、ここに一つの終着を見た。

平成に、宿題を残さなくて本当に良かった。ありがとう。

今日も、なぜかはわからないけれど、いつものファミマで2人分のファミチキを買って帰ろう。

たった独りの、晩夏の夕餉。茜色のどこかで鳴いたひぐらしが、食卓にひとつまみの寂しさを添えていた。

 

空気を読んでくれ

「完全にインフルエンザだ」と思った。

体温計には39.5℃とかいう久しく見ていなかった数字が表示されていたし、関節の痛みは高2の時にインフルエンザにかかって泣きながら文化祭を欠席した時のそれを軽く越えていた。

 朝の時点でその状態ならば迷うことなく会社を休んだのだが、あいにく症状が出たのは出勤して3時間ほどが経過した頃であり、意図せずしてオフィスは多勢の健康人間と無勢のリビングデッドという様相を呈することとなった。

 もう、凄まじい帰りたさである。帰宅に狂う獣。

すぐにでも冷えピタをおでこに貼って、体内の水分が全て入れ替わるくらい多量のポカリを飲んで汗をかきたかった。何より、このまま起きていたくなかった。死んでしまうからである。

 だが、私にはすぐに

「熱、ヤバめなんで帰っていいすか?」

と上司に言い出せない理由があった。

なんと、先週も普通に風邪をひいて普通に2日間会社を休んでいたのである。

その時はあまり熱も高くなかったのでdアニメストアで普通にゆるキャン△を見ながらカップヌードル(カレー)を食べていたのである。

普通に、言い出しにくい。

体調管理も社会人の仕事という、手垢まみれで雑菌だらけの言葉がまさにウイルスのごとく私の心を侵食する。されどその言葉は冷たくも、正しい。

安定した労働力を提供する代わりに、私たちは安定した給金を得ている。

システムに組み込まれた装置に、温情は無用である。

想定した動きをしない装置に、報酬は無用である。

 

社会不適合者

 

日本語レッテル界隈でも素人童貞に並ぶパワーを有する強靭なレッテルが頭をよぎり、痛む関節がいっそうきしんだ。

恐怖に震える私は、切り出せずに黙々と、朦朧と、キーボードをたたき続ける。

震える指先が、いつの間にか、insertに触れる。

上書きされていく文章。書替えられていく”それまで”。挿入したかった文章に全てが塗りつぶされていった。"終焉"を痛感する。

その頃には、私の思考はどんどん沼へ、沼へとシフトしていった。

 

『めっちゃしんどそうに仕事して、上司の方に察してもらおう。』

 

日本人のよくない部分が、ハジけた。

俯きながら、時折、碇ゲンドウのようにデスクに肘をついて手を組み、大きなため息をつく。

さぁ、察して見せろ。得意だろ。空気読むの。

『空気を読む』という曖昧模糊なスキルを以て、お前たちはこの経済大国を今日まで回してきたんだろう。見せ場だぞ。お前の声掛け一つで救える命がある。

英雄になりたくはないか?俺は死にたくない。

呼吸は荒い。実際本当に苦しくて気絶寸前なので、演技ではないところがまたこのプランのスマートな部分でもある。

 

はやくしてくれ….限界を感じデスクにうずくまる私を遂に上司が一瞥、口を開いた。

 

「眠いんかぁ?」

 

違う。怪訝な顔をするな。絶妙に心証が悪くなっていそうな間違い方をやめろ。

いや、体調不良でも心証はよくなさそうだが、眠いだけじゃ帰れないし、病院にも行けないじゃないですか。

 もう、流石に限界だった。既に1時間近くしんどそうに仕事をしてしまった。

言うしかない。途絶えそうな意識の中、決意を固めた。

 

「いや…実は朝から熱が39.8℃あって…」

 

0.3℃盛った。理由はわからない。

恐らく、命の瀬戸際に至って私の矮小な部分がコンニチハしたのだと思う。

39.5℃も39.8℃も高熱だし、さして変わりはないのだが、無意識下でより帰れる確率の高い数字を口走ったのだろう。書いていて悲しくなる自己分析。

 

すると上司は言った。

「そんなんはよ言わなアカンやろ。もう帰りな。」

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「「言わなくても、わかるだろ」」

「「言葉にしてくれなきゃ、わかんないよ」」

唇を合わせ、体を重ねた恋人同士でさえ、互いのコミュニケーション上で怠惰や驕りが生じれば簡単に瓦解するというのに。私はいったい、唇も、体も許していない上司に何を期待していたのだろうか。

君と僕とを繋ぐ距離。5Mよりも、まだ遠い。

言わなきゃ、想いは伝わらない。

ありがとう、大切なことを思い出させてくれて。

じゃ俺、病院行くね。

 

 

かくして、私は早退した。

 病院に着き、看護師さんに病状を伝える。

 

「熱がめっちゃ高くて、悪寒がやばくて、それで関節がめっちゃ痛くて、予防接種とかめっちゃ受けてなくて、めっちゃインフルかなって思うんですけど…インフルですよね…?」

 

大学受験の折、どんな現代文の過去問を解いても満点を取っていた時期に

「世界が、俺がマークした記号を後から正解にしている。」

「作者の気持ちとかオカルト言ってる奴は甘え。正解は問題用紙の文章内に書いてあるのだから、正答して当然。現代文は理詰め」

「行間に住んでるから」

などとイキり散らかしていた人間が紡いだ日本語とは思えなかった。

 

看護師さんは言う。

「うーん、たぶんインフルエンザっぽいですねぇ。」

最高。「たぶん」「っぽい」にサンドされた言葉の信憑性のなさは折り紙つきだが、肯定してくれる存在こそまさに今の私にとっては白衣の天使だった。

 

そして、無事に例の「鼻をグリグリされるやつ」を食らい、粘膜を採取される。

弱りに弱っているので、鼻をグリグリされただけで「他殺か?」とも思ったが、なんとか一命は取り留めた。

 

そして待つこと数分。検査結果が出たので病室に呼ばれた。

 

流行時期、高熱、悪寒、関節の痛み...

 

看護師さんの「たぶんインフルっぽいですねぇ」という所感。

 

美しい。状況は整った。あとは医師が最後のピースを埋めるだけだ。

長かった。やっと、楽になれる。さぁ、甘い最期をくれ。俺は出社禁止を手に入れる。

 

 

 

あー、反応でませんでした。インフルじゃないですね!大丈夫です」

 

いや空気読みすぎだろ。流れを察するな。

(もらった解熱剤飲んだらフリーフォールか?と思うくらい熱が下がりました)

 

 

最近モンハンしかしてない

最近、モンハンばかりしている。

このブログでは普段プレイしているゲームのことなどは極力書かないのだが、あまりにもモンハンばかりしていたのでそれ以外に書くことがなくなってしまった。

ネタの枯渇という大敵に半強制的に書かされている格好だ。

 

まず、ストレートな感想としてこのゲーム、楽しい。

睡眠時間、ソーシャルゲーム(FGO)、なんだかボーっと動画を見ている時間、などなど。

限られた平日の自由時間、モンハンの為に席を譲って消えた彼らに敬意と弔いを送りたい。

楽しい時間は、また別の楽しい時間によって取って代わられたのだ。

 

しかし、である。

しかし、私が初めにMHWのPVを見て想像した「楽しい」と今毎晩のように享受している「楽しい」は結局のところ、種類の違う体験だったのだな、というのが今回の話。

 

モンスターハンターワールド。間違いなく、歴代でも最高にクールなハンティングアクション体験の一つだと思う。(こういう雰囲気の海外レビューサイトの翻訳、大好き)

 

私はMHWが発表された時、その映像から伝わってくる「狩場の生命力」めいたものにわくわくした。

色とりどりで高低差を孕んだステージ、キュートな環境生物を下地に、生きたモンスター達が手ずから積み上げる自然界のヒエラルキー。従来よりも物語性に重きをおいたゲーム進行とそれを飾る活き活きとしたキャラクター。そのどれもがモンスターハンターを「ただのゲームプレイ」から「感動体験」へと昇華してくれるパワーを感じた。

早くこの世界観に頭までどっぷり浸かりたいと、そう思った。

 

そして、実際発売されたMHWは、正しくそのパワーを内包していた素晴らしいゲームだったのである。全世界出荷本数600万本突破、おめでとうございます。

 

問題があったのは私のプレイスタイルの方だった。

基本的に、マルチプレイしかしないのだ。通話しながらしかプレイしないのだ。

人が釣れないならばアケコンを持ち出してしまう。

一人だと寂しくて、モニターに向かって据え置きのゲームができない。

そんなウサギの化身たる私に、MHWの世界観を味わうという時間の使い方、余裕はなかったのである。

100時間の狩猟生活の果て、私の中に最も色濃く残っているプレイフィールは、美麗な映像でも勇壮なBGMでもない。

オタクの笑い声と叫び声である。

オタクはうるさければ口も悪い。

いくら高級耳栓でも、オタクの咆哮を防いではくれない。

濃密な狩場の雰囲気も、巨大なモンスターの脅威も、

「はぁああああああ?!」「は?」

の二つにかき消されていく。

オタクの鳴き声木霊する夜は、今日もそうして更けていく。

私が期待に胸ふくらませていた感動体験、こんなはずでは。

 

と嘆きながらも、結局私が今享受している「楽しい」はゲームの中身そのものではなく、まさしくこっちの類の「楽しい」なのだ。

「学校から帰って来て友達と遊ぶの、死ぬほど楽しくね?」という文脈に連なる、呆れるほど普遍的なエッセンスだ。

対戦型の対人ゲームしか続かなくなってしまった私が、AIで管理されたモンスターと飽きずに戦い続けることができるのは傍らにオタク(友達)がいるからに他ならない。

ただし、繰り返しの協力プレイが楽しいことは間違いなくMHWゲームデザインの妙なので、そこは誤解しないようにしたい。モンハン最高。

一緒にプレイしてくれる人がいなければ秒で珠掘るのやめてます。

 

結局、気の置けない最高の仲間と卓を囲めるのなら、卓上に乗った料理は最高級フランス料理のフルコースでもマックのポテトMの食いかけでも何でもいいのかもしれないな、と昔からずっと思っていることを改めて思い知らされた一ヶ月だった。

 

余談だが、去年愛知に遊びに行ったとき、男数人で夜中に七並べをしてゲラゲラ笑っていたので、もう本当に何でもいいところまで来ていたんだなと今書いていて思い出した。

さらに、七並べの後はお泊り界のスタンダードギグである「下ネタしりとり」をやったのだが、「ア○ル」で詰まって

ルーモス、光よ

と続けたところがピークだった。

「え、ハリーポッターもありなの?」ではない。

俺は今でも藤原基央に恋をしている

中学二年生、14歳からこちら。

私は、ずっと恋をしている。

藤原基央に、恋をしている。

初めは盲目だった。彼の発する全てを肯定したし、彼を害する者あらば、覚えたての活字の剣で払おうとした。

私という人間の真ん中に伸びた樹は、藤原基央の音で根を張り、藤原基央の言葉で枝を伸ばし、葉と花弁を付けた。きっと、その頃の私の価値観は彼の借り物だった。

高校生になると、その延長線上でギターを携え、バンドを組んだ。好きなモノに近づきたくて、模倣した。

16歳の年、初めてライブハウスでコピーバンドだったがステージに立った。

田舎のライブハウスの小さな企画ではあったが、今でも鮮明に情景を覚えている。

黒い壁にベタベタに貼られたステッカー、バックステージパス。スゲェ髪色のお兄さんお姉さん、光に照らされ揺れるスモーク。その全部が、文化祭の手作りステージとは一線を画していた。

なぜか少しも悪いことをしていないのに「アタシ、不良になっちゃう!」と内心ちょっとだけビビっていたのは今だから笑って言えることで、当時はその雰囲気に呑まれないよう、必死で背伸びをしながら、世界中の誰にも舐められたくない思いでステージに立っていた。

その時演奏したのは、アジカンN.G.S、NIRVANASmells Like Teen Spirit、そしてBUMP OF CHICKENガラスのブルース

きっとこの先も自分はこうしてBUMPを聴いて、演奏して、藤原基央の音楽によりそって生きていくのかな、となんとなく思っていた。

しかし、女心(いや)と秋の空とはよく言ったもので、その後にやってきたのは長い長い倦怠期だった。

「フジ、丸くなったね」

彼の話になると、口癖のようにそう毒づいた。

達観したフリで大人になった気分に浸った。その頃BUMPを聴き始めた人達を「今かよ」と蔑んでさえいた。かつて、自らが来た道を往くキャラバンを嗤った。

どこに出しても恥ずかしい、額縁に入れて飾りたい高2病の到来。

趣向も70~80年代のHR/HMに傾倒していき、日本の若手バンド自体から遠ざかっていった。ロキノン、という言葉も良くない意味で吐いていた記憶がある。

自分がヘビメタって言われたらどうせ怒るのに、なんとも理不尽でめんどくさい男である。

ここで話は変わるが、私の理想の女性のタイプは「別れた恋人の悪口を友人に過度にしない人」である。

たとえ既に過ぎ去った時間であっても一度愛した人、大げさに言えば一時の半身だったものを貶めることは自らの価値観、審美眼を貶めること、軽んじることに相違ないからだ。思い出は思い出として大切にして欲しい、と思う。人それぞれ事情はあるのだが。

ちなみに、これは能登麻美子の受け売りである。ひらがな3つでおーじなのだ。

つまり、何が言いたいかというと、その時の自分は、今の私が嫌いな「好きだったものの悪口を周りに言いふらす最低野郎」だったということだ。

麻美子、ごめん。

だが、人は変われる生き物でもあるのだ。転機は直に訪れる。NO REASON。

大学生となった。部活という括りでバンド自体は続けていた。でもやっぱり、BUMPは全然聴いていなかった。

コピーするのもメタルが多め、曲を作ってみても、どれだけかっこいいリフを書けるかに熱中した。

そんな折、学内のライブでBUMPのコピーバンドを見る機会があった。

新旧織り交ぜた良い選曲、そして何よりも「あぁ~~こいつ藤原好きなんだろうなァ~~」と一発でわかる、肩から下げた黄色のレスポールスペシャルと少し鼻にかかった歌い方に頬が緩んだ。

しかし、それとほぼ同時に飛来した感情はまさかの嫉妬、悔しさ、情けなさであった。

「お、おおおお、俺だってフジくん好きだし!」

「いやBUMPだったら俺の方が昔っから…」

「お前、ぶっちゃけ藤原基央のこと、どれぐらい好きなの?」

「チャマの実家、行ったことあんのか?」

「どうして俺、BUMP聴かなくなっちまったんだろうな…」

 

それは、あるいは焦燥感だったのかもしれない。

自分の真ん中にあったはずの花の名を、こんなにも長い時間忘れていた、こんなにも水をやるのを忘れていた。

BUMP OF CHICKENを、藤原基央を否定することは、もはや自分の半生を否定することと変わりないレベルのものになってしまっていたというのに。

自分の恋心に嘘を吐くことほど、哀しいことはないというのに。

 

その日の夜、久しぶりにFLAME VEINを聴いた。

決して良いとは言えない録音環境、今よりもずっと拙い演奏、しかし、若い力と真に迫る熱量が閉じ込められた無敵の一枚。涙が出た。心臓に鋭いナイフが突き刺さる。

中学生の頃より、よっぽど視野を広げて音楽を聴いている。よっぽど上手くギターを弾けているはずなのに。

よっぽどかしこく、生きている、はずなのに。

他のバンドを聴いた時とは違う感情が溢れて止まらない。

こんな想い、他にはない。痛感した。

私の音楽の原体験はBUMP OF CHICKENで、藤原基央の歌声で、決してそこに嘘をついてはいけないものだったのだ。

 

 

 

社会人になって、今。

私はまだ、虹を作っては手を伸ばし続けている。

名前を思い出したその白い花は、今も私の中で深く根を張って、力強く揺れている。

 

最近は昔に戻ったように、BUMPを本当によく聴くようになった。

やはり昔の曲が大好きだが、新しい曲には、キャリアを積み重ねた今でしか紡げない音もたくさんあって、全部愛してやりたい。彼らの足跡を数えて、生きていきたい。

「お茶の間でせんべい齧りながらライブを見るな」って尖ってたあの頃の、大言壮語を一緒に懐かしみたい。

クリスマスソングは作らないとか言ってたのに結局作ったのも笑って許してあげたい。

ベストアルバムは出さないって言ってたのに出したのも、大人になったねって褒めてあげたい。

ライブで昔の曲を演ると、一瞬であの頃に戻れるのを「かっこいいよ」って手を叩いて泣きたい。

そういったあれやこれ、難しいこと全部抜きにして、盲目になってしまいたい。

 

なぜなら、俺は今でも、藤原基央に恋をしているのだから。

 

サークルKサンクスでファミチキを頼めない

2017年 2月末日のことである。
兼ねてより進められていたファミリーマートサークルK・サンクスの経営統合、商品統合がついに完遂された。

これによってファミリーマートサークルKサンクスの違いは正真正銘『ガワ』だけとなり、店内空間は慣れ親しんだファミマのそれへと統一された。

私は人生で最も利用しているコンビニがファミマなので(たぶん)、このニュースはシンプルに朗報だった。
実質的にファミマの店舗数が増えるわけだし、これからは生活がさらに便利になるだろうと期待していた。

それからしばらくして。
意気揚々と訪れたサークルKにて、そんな浅はかな思考は粉微塵にされることとなる。





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皮肉が過ぎるわ


赤橙にKのロゴは、ずっと見てきたサークルKの姿。
しかしそこに翻る御旗は白青緑の「Welcome to Family mart!」

異常な光景、視覚が痛覚を伴う。





自分を磨くため長い放浪の旅に出ていた王子がいた。
祖国に帰った彼の目に映ったのは蹂躙される国土と隷属の果てに無理やり城に掲げられた憎き敵国の旗印…

まさにそんな気分。
敗北国の首都で大々的に行われる戦勝パレードのような不快さを感じる。

ファミチキ先輩」とかいうこいつの後輩になった覚えの全くない珍妙な擬人化キャラがファミマ帝国のプロパガンダだ。

誰にでもわかる。あるべきものがあるべきところに収まっている状態というのは正しく、美しい。

ガラスの靴は、王子が必ずシンデレラの元へ。
ファミチキは、あなたとコンビにファミリーマートへ。
決してファミチキ先輩はサークルKにいてよいものではないのだ。先輩、興が過ぎましたね。

そう。こんな所業、何かの間違いに決まっている。
きっと、私は昨今の仕事が辛すぎて…48歳の直属の上司(独身)がダンまち、読んだ?」と聞いてくるのが辛すぎて…いつの間にか会社帰りに夢の中に迷い込んでしまったのだろう。
胸の早鐘が収まっていくのを確かめて、私はゆっくりとサークルKの扉を開いた。

「いらっしゃいませ~」
いつも通りの、サークルKの制服に身を包んだ店員さんの姿に胸を撫で下ろす。

しかし。これが甘かった。
レジ横に、いた。
カラッとあがっちまったファミチキ先輩が、まるでオークの大群の如く保温ケースの中で蠢いていた。
遅かった。既に、本丸は陥落していたのである。



誤解のないように言えば。
私はファミチキは大好きだ。
ケンタッ○ーよりも美味いと思う。

しかし、しかしである。
私は、とても言える気がしなかった。
ファミチキください」と、この場で言える気がしなかった。
だって、だっておかしいのだ。
ここはサークルKで、決してファミリーマートではなくて、店員さんはいつもの制服で…
私は思考の渦に呑まれていた。

ファミチキを売らされているのは、この店員さんの本意ではないはずだ。
いつも通りの制服を着て、店頭に立って、敵国の商品を売らされる、宣伝させられる。

ファミチキお安くなってますよ~…」

これ自体が戦勝帝国ファミマが属国となった敗者に課した罪と罰だとでもいうのか。
あまりにも惨い。

私が「ファミチキください」と言ってしまったら。
彼はきっと笑顔でファミチキを包むのだろう。
しかし心では泣いているのである。
カウンターの下に隠した握りこぶしには血が滲んでいるはずだ。
本当はサークルKの商品を笑顔で売りたいに決まっている。
彼は間違いなく「サークルKの店員」なのだから。
その誇りの火はまだ消えていないはずなのだから。

だから。私は言えない。
とてもじゃないがサークルKサンクスで「ファミチキください」とは言えない。

最後に残った騎士の矜持を踏みにじるなど、痴れ者にも劣る行為だからだ。


私はファミチキを頼まずに買い物を済ませた。
きっといつか彼がこの国を建てなおすことを信じて。
サークルKで、再び真紅の旗が翻る日を夢見て。




すると、去り際に。彼は笑顔でこう言って見せたのだ。




「700円以上お買い上げなのでクジ一枚引いてください」

私は咆哮した。

「これ今ファミマでもやってるやつやんけ」

結果は応募券だった。
やはりファミマはクソ。

※ファミリマートもサークルKサンクスも大好きです。